応召義務について (玉伊吹弁護士)
応召義務とはどのような義務か皆様ご存知でしょうか。
診療に従事する医師及び歯科医師(以下,併せて「医師」といいます。)は,「診察治療の求があった場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない」(医師法19条1項,歯科医師法19条1項)と定められており,この正当な事由がない限り診療拒否できず,診療に応じなければならない義務のことを応召義務といいます。
近時,「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈についての研究について」との報告書が第67回社会保障審議会医療部会(令和元年7月18日開催)に提出されるなど応召義務のあり方が検討されています。
この応召義務は,医師が国に対して負担する公法上の義務であり,医師が個々の患者との間で負担している民事上の義務であるとは解されていません。
ですから,医師が患者の診療を拒否したからといって,その患者との関係で直ちに民事上の責任が生ずるわけではありません。
もっとも,医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合は,診療拒否に正当な事由があったという立証をしない限り,医師は当該患者が被った損害を賠償しなければならない責任を負う可能性があります。
また,応召義務違反があった場合は,戦前とは異なり罰則規定はないものの,医師として「品位を損するような行為のあったとき」(医師法7条2項,歯科医師法7条2項)にあたるとして,医師免許の停止等の行政処分がなされる可能性がないとはいえません。
このようなことから,正当な事由がない限り診療拒否できないという応召義務は医師にとって大きな負担となるわけですが,正当な事由の有無の判断は,価値判断であり,分水嶺が明確ではないため,その判断は必ずしも容易ではありません。
そのため,医師は,診療を拒否したいと考える患者がいる場合,診療を拒否してしまうと応召義務違反にあたるとして問題にならないか否か頭を悩ませることになります。
そのような場合には,医療案件に関わっている弁護士に相談をしてみるという方法も一つかとは思います。
実際に私自身も顧問先の医師から診療拒否の可否に関する法律相談を受けることが少なくありません。
そもそも,現代の医療提供体制は,医師法や歯科医師法に応召義務が制定された昭和23年当時とは量的及び質的に変化していますので,現代における応召義務のあり方等を検討することが必要かと思われます。
この点,医師は,国家資格を付与された者のみに認められた公益的側面がある職業であり,人の生命や身体の利益を左右するものです。
ですから,例えば,生命に関わる緊急性がある治療を拒否することがあってはならず,現代にあっても,診療するか否かを完全に医師の裁量に委ることは適切とはいえないでしょう。
その意味で正当な事由がない限り診療拒否できないという応召義務には一定の合理性があろうかと思います。
他方において,医療は患者との信頼関係を基礎としていることから,信頼関係が構築できない患者に対する緊急性がない医療についてまで応召義務を課すことは,医師に酷といえるでしょう。
今後は,医師が診療を拒否してよいのか否かを可及的に医師自らが判断できる程度に応召義務を明確化,具体化していくことが期待されます。
なお,厚生労働省は,冒頭で触れた報告書の内容を踏まえ,応召義務に関する解釈通知を発出する必要があると考えているとのことですので,応召義務の明確化の契機となることが期待されるところです。
以上